SMITA EVENT・
COLUMNスミタイベント・コラム

子供の体験と経験

「百聞は一見に如かず」
人から何度も聞くより一度実際に自分の目で見るほうが確かであると言った意味と並んで
言葉で伝えるより自分で体験し経験したことの方が確かであるということを一層感じる子育て
 
言葉が万能でないことを思い知ると同時に
やはり言葉の持つチカラを思い知る毎日
 
娘の離乳食が始まった頃は怪我をすることのない木製やプラスチック製のワンプレート皿で彼女に食事を出していました
でも私自身が食事を通して彼女に体験してほしいことは何かを考えた時
美味しいや楽しいとは別に
食卓の全体を通して料理や相手を慮るということ
 
それで娘には陶器の器の重さや質感を感じてもらえるよう早くから
家族と同じ焼き物の器で小鉢と小皿を使い大皿から料理を自らの意思で選びとりのせるという食事をできるだけ促し大切にしてきました
 
はじめは小鉢を持ち上げることも引き寄せることもできない
倒してはこぼしを何度も繰り返し 床を拭く日々
私が疲れている時なんかは何度か簡単にワンプレートで食事を出そうかと考えたもの
しかし ここで私が曲げてしまうと伝えられないと想い 重ねてやってきました
 
繰り返される日々の食事の時間
徐々に食べたい品を手前に引き寄せれば食べやすくなること
離れた小鉢へ手を伸ばせば手前の器が倒れること
 
深さのある器には汁物が入っているということ
 
そういう細やかでも確かな経験が彼女の中に重なって
 
つい先日の出来事
娘が脚立を持ってきて キッチンの洗い終えた器を横にかかってあるタオルを取って一人でに拭きはじめました
日頃からお手伝いを好む娘ですが その迷いのない動作の様に驚きと同時に器を割らないか気がかりで
思わず「 割らないように気をつけて” 」と言いそうになったのを止めて
割ったら割った時 怪我だけはしないように見守ることにしました
 
すると彼女は
器を定め
重い器は両手で
小さな薄いお皿はそっと置いて
触ってはいけないガラス製品は避けて
と彼女の経験が知る限りの判断で丁寧に扱っている姿
 
体験と経験がいかに大切かということ
そして子供の頃の体験と経験が残酷なものであった場合の影響と恐怖を想いました
 
 
自分の持っているものを伸ばすにしても
子や他者の持っているものを伸ばすにしても
できることは体験と経験を渡すことだけなのかもしれません
 
 
これはヨーガの練習も同じく
同じ行為を繰り返すことはそれに慣れるのではなく
個人的な経験が深まり 明確なものとなり染み込み
どんな場面でもそれが自分から湧き出るということ
 
 
Naoko Kawamata

 

TANMATORA YOGA
MUNDUS

ライター:川又尚子

ヨガを意識した暮らしをスタートさせたのは13年前。“yoga at home"=“ヨガを日常の習慣にすることがその人の美しさを引き出す”という考えのもと、インストラクターとして「TANMATORA YOGA」を主宰。自宅のある葉山を拠点に、ヨガの土台づくりとなるclass. workshop. eventを鎌倉・東京・関西で開催。また漢方、SPICE、お香など、日常のヨガをサポートするプロダクトを販売する「MUNDUS」(ムンドゥス) のオーナーでもある。女性たちが、Family Firstを優先にしながら気持ちよく仕事ができる環境づくりを軸に、女性が元気な社会づくりに取り組む“MUNDUS Project"として、長期的ビジョンをもって活動中。
2017年10月 長女を出産