SMITA EVENT・
COLUMNスミタイベント・コラム

「 躾 」

「 しつけ 」

この躾という営みの影響をなんだかの形で受け


またそれらを引き受けて育んで

時に縛られて

やがて手放して

「 今日 」を生きているのではないでしょうか

身”と美” を寄りそわして「 躾 」

 身だしなみを美しくする ー

この「 しつけ 」は裁縫の「 仕付け 」

武家礼法の「 躾 」といろいろな意味をもっているそうですが

元は仏教語の習慣性を意味する「習気(じっけ)」 が変化したもの

以前ある方から教えていただいた書物の中に

私個人においては非常にしっくりと馴染む言葉に出会いました

幼児の言葉の発達の研究者として知られている岡本夏木先生の言葉をご紹介します

 

「 しつけ 」という言葉は
もともと「 着物を仕付ける 」ということに結びついて成り立ってきた言葉

 

 躾 」という字がもたらす意味より

この 『 着物の仕付け 』 を背景とする意味のほうが 

子どもをしつける過程の本質をよく表している

「 仕付け 」とは

着物の形が整うよう仮に縫いつけておくこと

そこで大切なことは

着物がやがて縫いあがると

仕付けの糸がはずされるということ 

着物の完成をもって

もはや仕付けの糸はそこにあってはいけないものになるのです

 

*以下岡本先生の著述 引用

五歳から七歳の子どもたちは
いよいよしつけ糸をはずしはじめる年齢にあたります

それまでは親が外側から枠組みを与え

子どもに行為や生活習慣をかたちづくらせていたのですが

いよいよその枠をはずして

子どもが自分の力でみずからの行為や生活習慣を生み出しはじめる時期に入っていきます

しつけ糸をはずすことは

いうまでもなく

子ども本人の自律にゆだねることです

しつけとは

元々は自律に向けてのしつけなのです

外からの強制によって社会のきまりをあてがうことよりも

むしろそうした外的強制をとりはずすことをめざすものです

しつけが不要になるようにしつける

といってよいかもしれません

このようにのべてきますと

私のいう「 しつけ 」は

読者の方々が一般に「しつけ」という言葉から受けとっている意味とかなり違っているといわれるかもしれません

ふつうには 「しっかりと 」とか「 きちっと 」「 きびしく 」することこそがしつけの第一の目的におかれるのではないでしょうか

それに対して

私のここでいっている「 しつけ 」は

そういう外からの規制をとりはずして不要なものにしてゆくことこそ

しつけのねらいなのだと言っているのですから

とまどいを与えるようで申しわけないのですが

しつけの中でそのねらいが見落とされていたら

それはけっきょく外見だけのしつけ

子ども不在のしつけに終わってしまうと思うのです

子育てにおいて

私たちはいつのまにか肝心なことを忘れがちです

「しつけとは、やがてそれがはずされるものであるという前提に立って行われるべきものだ」ということもその一つかもしれません

様々な躾や子育てのあり方があって正否あるものではないからこそ

迷い、考え、立ち止まって

躾を通して

母親もまた自分自身の身を美しくしていける

そんな心持ちになる文面です

 

TANMATORA YOGA
MUNDUS

ライター:川又尚子

ヨガを意識した暮らしをスタートさせたのは13年前。“yoga at home"=“ヨガを日常の習慣にすることがその人の美しさを引き出す”という考えのもと、インストラクターとして「TANMATORA YOGA」を主宰。自宅のある葉山を拠点に、ヨガの土台づくりとなるclass. workshop. eventを鎌倉・東京・関西で開催。また漢方、SPICE、お香など、日常のヨガをサポートするプロダクトを販売する「MUNDUS」(ムンドゥス) のオーナーでもある。女性たちが、Family Firstを優先にしながら気持ちよく仕事ができる環境づくりを軸に、女性が元気な社会づくりに取り組む“MUNDUS Project"として、長期的ビジョンをもって活動中。
2017年10月 長女を出産